FC2ブログ

おーい、とらちゃん出番だよ!

みんなを優しくする魔法の言葉「ありがとう~♪」v(・∀・)v



長崎原爆投下9分前、幻の空襲警報 前日に市民総避難は検討されていた。(軍も、政府も国民を守る気は更々無いよ!)

原発・原爆



ご訪問ありがとうございます!


「ブログランキング」参加中!
「ポチッ!」をヨロシクです!


■西日本新聞 2017年06月10日 14時48分
投下9分前 幻の空襲警報 軍が「原爆搭載機」察知 退避命令はさく烈直後
https://www.nishinippon.co.jp/feature/attention/article/365392/


投下9分前 幻の空襲警報 軍が「原爆搭載機」察知 退避命令はさく烈直後
1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下された。9分前の空襲警報は長崎には出されなかった
永野若松知事が、市民総避難のための会議を開いた立山防空壕の内部。直後に原爆が投下された


 長崎原爆投下直前の1945年8月9日午前10時53分、原爆搭載機の動向を察知した日本軍は空襲警報を出したが、長崎には届かなかった。記録上だけの警報だったとみられる。投下目標が小倉から長崎に変更されたことを把握した後にはラジオで退避命令を呼び掛けたが、それも原爆がさく裂した直後。2度出された“警告”は市民避難には結び付かず幻に終わった。

 戦時下の主な警報伝達としては、軍管区司令部からのラジオ放送、自治体によるサイレン、各家庭への電話連絡などがあった。いくつかの伝達方法を併用し、市民の情報共有を徹底していたとされる。他にも主要な軍需工場には軍との直通電話があり、警報などの情報が直接伝わる仕組みができていたという。

 旧防衛庁が編集した「本土防空作戦」(1968年発刊)によると、8月9日の記述で、国東半島から北九州地区に向かう爆撃機B29を2機発見し、西部軍管区司令部が午前10時53分に空襲警報を発令。「(6日の)広島への原子爆弾投下の状況から原爆搭載機であろうと判断された」とある。

 しかし-。9分後に被爆地となる長崎にはこの警報は出されなかった。爆心地から3・3キロの旧制長崎中の生徒だった深堀譲治さん(86)は、動員学徒として校内の軍需工場にいた。「何となく飛行機の音のような音がしておかしいなとは感じたが、原爆投下まで避難の指示はなかった」と振り返る。

 同1・3キロの自宅にいた被爆者の丸田和男さん(85)によると、敵機が島原半島上空を飛行していることを知らせるラジオ放送を職場や家庭で耳にした被爆者はいるが「直前に市民に空襲警報が出された記憶はない。投下間際になっても緊急事態だとは感じなかった」と語る。

 8月9日の記録にはまだ不明な点も多いが、県や市に残る記録では午前7時48分に警戒警報が出た後、同7時50分に空襲警報に切り替わり、同8時半には解除になっている。その後は原爆投下までの間に空襲警報は出されていないことになっている。解除後、ほとんどの市民は避難の必要性を感じなかったとみられる。
     ◇
 日本軍は、米軍機が原爆投下の第1目標だった北九州上空から南西に針路を向けたことを察知すると、ラジオなどの通信機関を利用して「B29少数機、長崎方面に侵入しつつあり、全員退避せよ」と繰り返し連絡したとしているが、この放送も実際には伝わっていなかった。放送が流れた時には既に原爆が投下されていたからだ。

 三菱重工業長崎造船所などで被爆した人の証言をまとめた「原爆前後 13巻」には、現在の佐賀県武雄市に一時帰省していた男性労働者の体験として「長崎方面に閃光(せんこう)が走り、爆発音が聞こえた。間もなくラジオから悲痛な声で『長崎市民は全員退避』を連呼し-」とある。退避命令を伝えるラジオは、わずかな差で間に合わなかったようだ。

 太平洋戦争末期、相次いで本土の各都市が空襲された。敵機の侵入を許し、混乱を極めていた日本の空。B29の動きを把握しながら警報は市民の耳に届かず、退避を命じるラジオが間に合わなかったのは、防空体制の対応が追い付いていなかった現実を浮き彫りにしている。

知事、市民全員退避を検討していた

 原爆が投下される前日の8月8日夕、長崎市民の全員退避が検討されていたことはあまり知られていない。長崎原爆戦災史などによると、広島に新型爆弾が落とされたことを知った当時の永野若松知事は「今に長崎にも同じ(新型)爆弾が落とされるはずだ」と判断していた。

 8日、東京から長崎に帰り着いた長崎新聞会長の西岡竹次郎氏が、退庁時刻ごろの県庁を慌ただしく訪ね、永野知事にこう伝えた。「新型爆弾が落ちた広島のことを軍も秘密にしているし、うかつにしゃべると憲兵に引っ張られるかもしれぬが知事には知らせておきたい」。帰途で広島原爆に遭遇していた。

 一晩考え、9日朝には市民を総避難させる決意を固めた永野知事。命令を出すために関係者を集めた協議の場を県庁で開こうとしたが、午前7時50分に空襲警報が出されたため、県防空本部が置かれていた防空壕(ごう)に移動。そこで改めて会議を始めようとした直後、原爆が投下された。

この記事は2017年06月10日付で、内容は当時のものです。



そんなもん、
政府も、軍も、
国民を守っちゃくれないさ!

国民を守る気があれば、
そも、
戦争なんかやらないよ!!!

戦争を回避することに一生懸命になってくれるはずだよ!



関連記事
Newer Entry不明68時間、2歳男児を保護。(良かったと思う、本当に!んで、富田林の逃亡男はどうなった?) Older Entry「コンピュータなどの時間設定の変更は、律儀で真面目な国民ならば十分乗り切れるはずだ。」by・船田元。(根性論ですかw)

Comments



 

 

« »

06 2020
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
時間が経つのが早いね!

ご訪問ありがとうございます!
 
 
ブログランキング参加中!
ブログランキング参加中!
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
Fc2アクセスカウンター

現在の閲覧者数:
 
 
災害復興支援情報/共に生きる
 
 
新型ウィルス肺炎
新型ウィルス肺炎
山中伸弥教授:新型コロナウイルス情報発信
 
 
熱中症まとめ
s-20200512熱中症2
 
 
3.11東日本大震災
s-2020.03.11東日本大震災
風化させてはならないと思います!!
 
 
阪神淡路大震災25年
 
 
森友学園問題
s-nhk森友・学園決裁文書
 
 
 
検索フォーム
 
 
プルダウンリスト
全タイトルを表示

 
 
美空ひばり様 『風雪ながれ旅』
 
 
プルダウンリスト
 
 
朝日新聞社
新聞
<メディアは権力に阿るべからず‼>
頑張る現場の記者への激励である❕
青木美希さんを社会部記者に戻せ!!
 
 
 
 
 
お勧め出版社の本
20140525清少納言・枕草子 s-樋口一葉 s-鋼の女(はがねのひと)小林ハル

s-井深八重の生涯に学ぶ s-緒方貞子 私の仕事 s-ガザに地下鉄が走る日

s-s-美空ひばり&竹中労 定本 s-美空ひばり恋し お嬢さんと私 s-20131220美空ひばり
アフィリエイト広告ではありません!
 
 
ノンフィクション・ブック
アフィリエイト広告ではありません!
 
 
ブログを「ご紹介」します!
 
 
 
ご用があればどうぞ・・・

名前:
メール:
件名:
本文:

 
 
 
Q R コ ー ド 
QR
 
 
免責事項
当サイトの記事&動画は全て無料で「資料」として掲載しています。記事&動画の違法アップロードなどを推奨・援助を含め著作権侵害を助長する行為は一切していません。記事・動画像等全ての知的所有権は著作者・団体に帰属しています。当サイトを利用した事でいかなる損害が生じても管理人に責任は無いモノとします。    尚、動画のアップロード・削除依頼等は 各動画サイトへ直接お問合わせ下さい.